「山をはじめたのは、自然が好きでハイキングを趣味に持つ父の影響からでした」
穏やかに笑うのは、国際山岳ガイドの篠原達郎さん。
小学校5年生のときに高尾山へ登ると、翌年には、奇岩怪石が立ち並ぶ妙義山のなかでももっとも難しいルートとして知られる丁須の頭へ。この山行が少年の生きる道を決定的づけた。中学、高校、大学でも山に登り続け、百貨店に就職すると、登山マイスターとしてクライミング教室などを企画、指導する一方で、国内外の岩山を精力的に登っていった。
国内では甲斐駒ヶ岳のAフランケ・スーパー赤蜘蛛などの初登を記録し、海外のビッグウォールではカラコルムのトランゴタワーなど、アルパインクライミングではアイガー北壁など、高所登山ではK2遠征――
幅広い登山を実践する一方で、1991年にはフリークライミングでワールドカップ東京大会に出場。華々しい活躍を経て、95年、「サミット・ガイド・オフィス」を設立している。やはり、山岳ガイドの条件は登攀力なのだろうか?
「よいクライマーであることはガイドの条件でしょうが、それだけではないと思っています」
ガイドに求められるのはレスキューのスキルなど、純粋なクライミングに必要な技術とは微妙に異なり、登ることだけでは知り得ないテクニックも多いという。
「極端なことをいうと、クライマーは遭難しなきゃいい、落ちなきゃいい、みたいなところがありますが、ガイド業ではそうはいきません」
ロープを結ぶ仲間が宙づりになった場合、相手がクライマーであればふたたび登り返すこともできるだろうが、お客さんの場合は引き上げる必要がある。こうしたガイドならではのレスキュースキルを学んでいった。
「クライマーの技術を普通免許とするならば、ガイドの技術はタクシー運転手に求められる二種免許のようなものでしょうね」
そうした技術に加え、篠原さんはホスピタリティを大切にしているという。
「目指す山への登頂はもちろん、仮に登れなかったとしても、楽しい登山だったと感じてもらえたらと思っています」
MONTURAとの出会い
そんな篠原さんがMONTURAに出会ったのは10年ほど前。ヨーロッパアルプスで多くの登山者が着用している、斬新なスタイルのパンツを一本購入した。
「そうしてドロミテなどをガイドしていると、イタリア人ガイドに会うわけです。日本人ガイドか? そのパンツは俺の国のものだけど、よく知っているな……なんて言われる。見ると彼も同じモデルを穿いているんですよ」
これまでにない圧倒的な動きやすさをもつそのパンツは、デザインとは機能と密接な関係にあることを、篠原さんに教えてくれた。
こうしてはじまったMONTURAとの縁。なかでも、冬山登山で愛用しているのが「Steel Pro Jacket」だ。
「冬山でのトラブルは風から起こるもの。なので、ハードシェルに求めるのは、なによりも防風性能です」
そして、もっとも凍傷になりやすい顔を守るフードこそが重要であると強調する。
「バラクラバやゴーグル、ヘルメットと併用するのですが、立体裁断が施されたフードは信頼性が高い。ギャザーが効いており、後頭部のストラップひとつで調整できる。ずれることなく動きに追従し、ぴったりフィットするんです」
口を覆わない襟の高さもほどよく、呼気で視界が曇ることがない。
「そう考えていくと、防風性能とは素材の特質だけでなく、カッティングやデザイン、立体裁断を含んだトータルの技術で紡ぎだすものなんですね」
フードのみならず、可動域に施した立体裁断は、従来のハードシェルがもつごわついた動きにくさを払拭している。そのうえで、温度調節を可能にするベンチレーションを装備し、さらにそれがグローブを着けたまま簡単に操作できるようデザインされていること――
「このあたりが、厳しい環境において差が出るポイントなんです」
「いまの年間山行日数は200日ほど、そのうち60日くらいを海外の山で過ごしています」
クライミングに心酔し40年。近年では金峰山の鷹見岩に「サミットリッジ」というルートを作るなどしており、開拓したいルートや訪れたい岩場はまだまだあるという。
「今年はトルコにゲイクバイリの岩場を仲間と楽しみました。トルコだけでも10年かかっても登り尽くせないくらいなので、時間がいくらあっても足りないですよ」
ガイド業と個人山行に加え、さらに篠原さんはMONTURAのサポートを得て、登山教室「サミット登山学校」を主宰している。
「ガイド登山にひとつだけ悪い点があって、安全第一かつ結果重視で山を案内するので、お客さん自身の力がつきにくいんです」
そして、登山本来の楽しみは、自らの経験を通して学び、考え抜いて、次の展開を予測する過程にあるという。
「なので、登山学校を通して、登山とはなにか、なにが危険なのか、自分なりの山の楽しみなどを学びながら、底力をつけてもらうことを目指しています。
還暦を越えてなお尽きぬ、山への情熱。それらの間隙を縫い、岩やジムへと通うという。
「そこで休めば身体への負担も少ないのですが……やはり山が好きなのでしょうね」