子どもの頃から自然に山を駆けまわっていました
「山梨県出身なんですが、家のまわりに平らなところを探すのが難しいような丘陵地に住んでいたこともあり、子どもの頃から自然に山を駆けまわっていました」
そう話すのは、国内外のトレイルランレースで活躍する、プロ山岳アスリートの小川壮太さん。小学校高学年から陸上競技をはじめ、中学、高校、大学と競技生活を送った。卒業後、教員となってからも、山岳縦走競技の山梨県代表選手として、2005年の岡山国体に出場している。
「これも巡り合わせだと思うのですが、当時の教え子のお父さんが、山梨県の山岳競技の監督をされていたんです。で、運動会の時に、いい感じでぴょんぴょん走りまわっている先生がいるぞ……ということで、スカウトされたんです」
山岳縦走競技が国体種目から外れると、舞台はトレイルランニングへと移ってゆく。2011年、欧州の強豪が集うフランスの「ニヴォレ・リヴァード」で準優勝。翌年に「北丹沢12時間山岳耐久レース」でコースレコードを更新して優勝するなど、努力が実を結びはじめた
「そうなると、もう少し競技に集中できる環境をつくることができたら……と思いはじめたんですね」
一方で、教師は幼い頃から夢みた仕事であり、愛着のある仕事だった。仕事と競技の狭間で揺れるなか、2015年の「富士登山競走」で準優勝を果たす。
「優勝したのはニュージーランド出身、フランス在住の世界ランカーで、元オリンピックのマラソン選手であるジョナサン・ワイアット。その彼が、声をかけてくれたこともあり、38歳でプロ転向を決意したんです」
教師からプロランナーへ
10年の教員生活から走ることにシフトチェンジするなかで、小川さんはトレイルランニングの指導やガイドをを行なう「ラモンテ(La Mont ee Athlete Club )」というチームを立ち上げている。
「ぼくが通っていた大学の陸上部はわりと強かったんですが、箱根駅伝に出るような強豪にはおよばない。そんななか、恩師が話してくれたんです。オリンピックには出場できないかもしれないけど、君たちは幸教育大学の生徒である。教えることで生計を立ていくことはできるはずだよ、って」
恩師は、競技力を向上させることはもちろん、なぜ自分が速く走ることができるのか、どういう身体の使い方をすれば速くなるかに目を向けさせた。それらを元に、指導する相手がどういうポジションにいて、いかなるひと匙を加えればパフォーマンスが上がるのか――そんな目線をつねに与えてくれた。
「だからこそ、競技力を上げるための手法をロジカルに考え、それを言葉に換えることを考え続けていました。そんななか、小中学校で指導するなど、コツコツと積み重ねてきたんです」
小川さんは恩師とともに、アメリカの大学へと留学し、現地でコーチングを学んでもいる。
「アメリカの大学って多国籍なんで、長距離でいえばケニア人もたくさんいますし。体格、筋質、それに骨格に恵まれている選手だからできる動作を、日本人にどう落としこむのか――恩師と2年間試行錯誤し、統計的な大枠を作り、その基本から、いかに個性を伸ばすアプローチにつなげていくかについて、考えていました」
小川さんのレッスンが分かりやすい理由、受講したランナーが伸びる理由は、この「教えるプロであること」に由来するのだろう。とはいえ、38歳のプロ転向は遅すぎはしないのか……。
「トレイルランニングの特性でもあるんですが、わりとこの年齢から競技力が上がっていくんです」
トレイルレースはペース配分など、経験値が多分に問われる。若い爆発力や瞬発的なエネルギーよりも、淡々と動き続けるような要素が必要になる。その一環として、小川さんは特殊な訓練をしているという。
「ぼくは本来、ものすごく負けず嫌いなのですが、レース展開においては、ぐっとこらえて勝負時を待つ必要もある。そんなときに自分を抑えられるよう、レースに出場してあえて負ける練習もしています」
こうして、日々の成果を積み上げてゆく。45歳で目指すは世界最高峰のトレイルレースであるUTMBだ。
「自分自身の特性としてミドルレンジ、50~100kmぐらいまでのレース、なおかつ累積獲得標高が多いような、トレイルランニングというよりは山岳耐久レース色の強いレースが得意なんです」
ところが、UTMBは170kmのロングレースであり、トレイルも林道のように整地された「かなり走れる」レースでもあるという。とはいえ、3年前のスカイランニングワールドシリーズでは世界5位でシーズンを終えるなど、小川さんはトップクラスの走力を誇っている。
「あとはどうやってスピードを維持しながらロングレースに耐えうる身体をつくっていくか……いま43歳なので残り2年間、考えながら前に進みたいと思っています」
MONTURAとの出会い
そんな小川さんがMONTURAに腕を通したのは10年ほど前のこと。2010年の「富士忍野高原トレイルレース」で優勝し、賞品として手にしたのがきっかけだった。
「MONTURA製品を使っていて思うのは、生地や裁断がアスリート目線なこと。各分野の選手たちの声をかなり反映して作られていると感じますね」
疲労のたまるレース後半では、ウェアが引っ張られる感じやわずかな生地の擦れがストレスになるが、さまざまな選手の声が活かされているのだろう。MONTURAの製品でそれを感じることはない。そして、近年とくに愛用しているのが、「RUN ENERGY ZIP MAGLIA」だという。
「この製品の保水感が絶妙なんです」
高温下のレースでは、速乾性は必ずしも優位に働かないという。
「気化熱で体温を下げる、という仕組みは分かるのですが、その状態が続くとカラカラになりすぎて、どんどん体温が上がってしまうんです」
だからこそほんのわずかな保水感があることで、絶妙なひんやり具合をキープし、身体をクールに保ってくれる。そして一枚のシャツながら、複数のパーツからなるのも特徴的だ。
「風当たり、汗の出やすい場所、腕の動き、ザックの位置など。やはり生地の特性を活かした裁断、配置も考え抜かれていて、快適なんです」
2年後のピークを目指して、小川さんの試行錯誤は続く
走り続けて力尽きようというとき、人体はどんな変化が起きるのか。眠気に、内臓の疲れにいかに対処するのか。なにを摂取し、はたまた音楽はいかなる作用をもたらすのか。それらのデータを得るために、10時間、20時間、30時間と走り続けることも多いという。
「100m走で勝てるならば、こんなことはしていないと思うんです。それでも人に負けたくない……そんな思いから、長い距離を走ったり、きつい我慢をしたり……そうして多くが諦めることでぼくが残ったのだと思うんです。ただ、そこにいたるまでの道のりに他にはない魅力を感じているし、いま走っている人も、辛い過程を経てここにたどり着いたんだろうと考えると、一緒にがんばっていけたらと思います」
そうして、ほんとバカみたいですよねと照れ笑い。
「プロになってからは5年くらい。これが10年くらいになると、軌跡を振り返ることで見えてくると思うんです。そこまでもう少し、走り続けていこうと思います」